拝啓 大学院生予備群様


数学セミナー (日本評論社) 9月号に載った文章を大公開! 9月号を買わなくて もOKね?!

でも、実際に載ったのはタイトルが「拝啓 大学院予備軍様」になってるし、 所属が「北陸先端技術大学院大学」になってるぞ。うーん、最後の詰めが甘かっ たな...


 そのへんにいる中高校生をとっつかまえて,「10年後の君は何をして いるかな?」と聞いてみましょう.医者になって金持ちになっている, しがないサラリーマンになってラッシュにもまれている,結婚してのん びり主婦業,いろいろな答が返ってくるでしょう.でも,その中に1人 でも「まだ学生をやっている」なんて答える人がいるでしょうか? 現 実には彼・彼女らの中にはそういう大学院生予備軍が確実に混ざってい るはずです.私も中学生の時はそんな自分の姿が予想できませんでした. それでも自分ではごく普通に義務教育を終えて,ごく普通の高校を卒業 して,ごく普通に大学生活を終えて,大学院に来てしまったので,特別 おかしいとは思いませんが,まだまだ大学院生は珍しいようで,好奇の 目にさらされることもたびたびです.さらに最近では初対面の人に「今 日は仕事がお休みなんですか?」と聞かれるような年齢(外見だけふけて 見える)ようになって,「いやー,まだ学生なんですよ」と答えるのも 正直なところ,ちょっと,いや,とてもつらくなってきてます.

 それでも,なんとかへらへら笑って平常心でいられるのは「大学院生 だから」という面が否めません.世間一般には大学生というと遊んでい るようなイメージがあるようで,風あたりが厳しく感じられることもあ りますが,大学院生というとちょっと違ってきて「なんか,すごいこと やってそう」と見る目も変わってきたりします.実際はほとんど学部生 と変わりませんし,最近は宗教の幹部の道も開けて,世間の目も変わっ てきていますから,油断はなりません.

 ただ,ある意味では大学院生と学部生が違うと言えるでしょう.なん といっても,大学院に進学するのは大変です.人生の有限資源を食いつ くしてしまうからです.有限資源,それは時間と金です.大学院を順調 に出る人でも普通は修士修了で24歳,うっかり博士課程に進んでしまう と27歳です.優秀な人は1,2年で博士まで行くそうですが,自分が優秀 でないことは誰より自分で知ってます.

 次がお金.大学院でも当然学費がいります.奨学金(≒借金)という手 もありますが,大学院で奨学金をもらうような人は学部でももらってい たりしますから,修了と同時に300万円強の借金を背負い込むことにな ります.以前,カード破産したOLをテレビで見ましたが,「あの人でも2 00万円ぐらいだったよなぁ」と自分の将来の姿が頭をよぎります.

 なんでそんな犠牲を払ってまで大学院まで進むのか? 私の場合,こ れでも学部3年までは,固く就職するぞと決意していたのです.それが どうしてJAISTにたどり着いてしまったのでしょう? JAISTの広い机とW ork Stationに引かれたのか,超並列計算機のSFっぽいLEDのピコピコに だまされたのか,まずくて高い学食に心を奪われたのか,いや,そのど れでもなかったと信じたい.落ち着いて振り返ってみると,そこには深 い訳があったのです.大学院に行きたくない人は,この後の話をよく読 んで対策を立ててください.

 なんとなく数学が好きな私でしたが,大学では工学部に在籍したため, 数学らしい数学に憧れを抱いていました.そんな私の目に入ってきたの が教員への道です.工学部のみの地方私立大学としては珍しく数学の教 職課程があったため,ここで数学に触れることができました.それはそ れは苦しい修行(でも有益な修行でした)の日々でしたが,なんとか4年 生になったときには教育実習行きが決定していました.このときになっ てようやく私は自分の将来設計の甘さに気がついたのです.つまり就職 活動のもっとも大切な時期であると(非公式に)言われている6月に,全 知力と体力を投入して私は高校生に数学を教えている(ふりをする)わけ です.「院に進学するのなら特待生で推薦してあげましょう」 入学す る時には就職率100%を誇った大学は,こう私に告げると温かく教育実習 に送り出してくれたのでした.これも運命か,私も腹を決めて進学を決 意し,親に頭を下げたのです.しかし,運命の女神はそう簡単に私を卒 業させてはくれませんでした.教育実習から帰ってきた私を待ち構えて いたのは特待生扱いの剥奪でした.書類をよく読まない自分の不注意に 嘆きながらも,心はすでに次の行動を着々と準備していたのです.それ は山の上の僻地にそびえ立つJAISTへの進学でした.

 北陸先端科学技術大学院大学,略称JAIST.文部省の大学院拡充計画 の超目玉としてできたこの大学はちょっと変わりものです.普通大学院 というと学部があって,その上位組織として存在するものですが,JAIS Tは独立大学院といって学部がありません.学生の定員上限が700名程度. そして,そこら辺では見られないような機械とひと癖もふた癖もありそ うな教官と,これまた全国から集まってきた魑魅魍魎の学生が集まって, ひと旗あげてやろう,と目論んでいるのです.その姿はふもとの人間に は一際輝いて魅力的でした.進学するならJAISTへ.そんな気持ちを抱 くのは当然とも言えました.

 しかし,よくよく振り返ってみると,ずいぶん後向きな理由で進学し たなぁ,と思います.就職できないから進学した人と結果的には同じに なってしまい,うしろめたい気持ちはあります.ですから,今になって 後悔しててもおかしくないのですが,いっこうにそのような気配(後悔) はありません.なぜでしょう?

 答えはやはりJAISTにありそうです.もし出身大学の大学院に素直に 進んでいたら,なんとなく修論を書いて就職できたでしょう.でも,な んとなく物足りなさを感じたのではないかと思います.それがJAISTで 自分の心底やりたい研究テーマを見つけられてから,ドキドキわくわく な研究生活が始まったのです.やはりさまざまな本を読むのと実際に第 一線で研究している人に触れるのは違うものです.「えぇ!? 今ではこ んなすごいことが計算機でできるようになっているのか」と感心したら, 逆に「えぇ!? まだそんなこともできないのか」と驚き,そして「そん なこと」を実際にやってみると,それはそれは難しい問題で,自分の浅 はかさを思い知らされてます.さらに,JAISTでは論文誌でしか見られ なかった有名人の講演が手軽に聞けたり,いつも読んでいた本の著者や 翻訳者が学食で雄叫びをあげていたり,先端的な講義が受講できる環境 がありますし,自分の頭の程度には充分すぎる道具もあります.このよ うな世界を知らずして社会に出たら損しただろうな,と確信しています.  結局「今が良ければ,すべて良し」という結果論ですが,これを真に 良い選択とするためにも,良い研究成果をあげたいと思います.せっか く2年間余分に借金をし,2年間余分に歳をとるのですから,他の人には できない独創的な研究をしたいと思います.そのために私は人とは違う ことをしてきた(つもりな)のですが,それはまた別の話.

(とくだ まさあき)


TOKUDA Masaaki (tokuda@jaist.ac.jp)

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