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No. 18                                              2000年11月 1日発行
              _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
             _/_/ メールマガジン 『語ろうか、手話について』   _/_/
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  皆さん、こんにちは。
  全通研の関ブロに参加して、議論をふっかけようとしていた皆さん、ごめん
なさい。私は参加できなくなりました。あんまりいないと思いますが、今週末
は石川県の県サ連一泊研修会に参加していますので、そこで討論しましょう。

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  日本手話と日本語対応手話の第3回です。長くなってしまったので、来週ま
で続きます。手話の表情の話は順延しますので、ご了承下さい。

  少し話を整理しましょう。

  - 日本手話と日本語対応手話という概念がある。これは手話には2種類ある
    という説に基づいている。
  - この説は言語学から出てきたものである。言語学では違いというものを研
    究する学問であり、言語学上では手話の種類は大問題だった。
  - ある2つの言語が、くっきり2分割できるのか、少しずつ違ってくるのかに
    よって、違いというものにも2種類考えられる。言語学ではこれを「連続
    性」と呼ぶ。前者は連続性のない違い、後者は連続性のある違いである。
  - 言語学では都合により2つの手話を連続性のない違いと考えている。しか
    し、その判別に明確な基準はなく、話者のプロフィールの分析に頼ってい
    る。

  基本的に、この「語ろうか」では日本手話と日本語対応手話という手話の違
いはあるとしても、それはたいしたことではないという主張をしますので、こ
こからは、2種類の区別がナンセンスなこと、無理に分離する悪影響について
論じていきます。

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  確かに、日本手話、日本語対応手話という概念を持ちだして、手話を分類し
ていくことは学術上は意味があったし、有用でした。手話には違いがあって、
その両極端には日本手話と日本語対応手話があることは、私も認めます。

  しかし、それを実際の手話学習や通訳の場に持ち出したことは、有害であっ
たと思います。

  有害例の1として「難聴者の立場」があります。日本手話が聾者独自の言語
であると主張されてきたとき、もう一つの考え方も登場しました。それは日本
語対応手話は偽物の手話であると言う考えです。ある団体は(匿名にしなくて
もD proのことなんですが、この団体については改めて述べたいので、今回は
匿名のままで。)このような手話を「シムコム」と呼び、偽物の手話である「
シムコム」はしょせん中途半端な日本語であると主張します。そしてこの考え
方は暴走していき、偽物の手話を使う人は聾者ではないとまで言われるように
なります。つまり、難聴者は聾者とは違うという考え方に至るわけです。

  難聴者としては困惑します。難聴者本人としては、確かに自分たちは手話が
いまいちわからないし、手話で話すのも苦手。でも、耳は聞こえず、障害者手
帳も持っている。なんで、手話が偽物だの言われたり、仲間外れにされるよう
なことをされなければならないのか? ある人は憤慨し、ある人は自然と疎遠に
なっていきました。

  それが大きくなると聾団体の分裂という形で表れます。
  今までろう運動というものは聞こえない者が団結してろう協という団体を結
成し、活動してきたという経緯があります。日本手話の独自性を謳う理論は、
ろう運動の弱体化を招く引き金になっていることは事実であり、今あちこちで
この煽りをくって、どうでもいいことに疲れている人がいます。

  私は日本手話と日本語対応手話の違いはあるにしても、その区別は無意味で
あると思います。そしてシムコムという言葉をとても失礼に感じます。シムコ
ムとはコミュニケーションの模倣という意味でありますが、日本語対応手話で
あろうとそれを使って話をしている人が現にいるわけです。そのような人に「
あたなの手話は偽物だ。あなたのコミュニケーションは偽物だ」と言う必要が
あるのでしょうか? 無用なところに争いを生んでいる気がしてなりません。

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  言語学的に正しいことでも、それを社会に応用する場合には注意が必要とと
いうことです。

  学問の結論が間違った社会現象を引き起こす事例として、思い出すことはあ
ります。第二次世界大戦中のナチスドイツのユダヤ人虐殺です。遺伝学はまと
もな学問でしたが、ナチス政権のドイツでは、その中の優性遺伝の説だけを取
りだし、それだけを使いドイツ人が優秀な民族であるといって、ユダヤ人の大
虐殺を行いました。

  日本手話が独立した言語であることから日本語対応手話を攻撃している様子
がどうにも私にはダブってしまうのです。「他と違う」という考え方は、あま
り能動的にやると差別につながります。このあたり、学者先生には十分自重し
てもらわないと困ります。いえ、学者先生達は純粋に学問を究めようとしてい
るだけかもしれません。問題はその結果を生半可にわかったふりをして、世間
に広めようとしている人達でしょう。私達は、そのような人達の言葉が本当に
真実であるのか、そして何か問題はないのか、常に吟味していく必要がありま
す。

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  さて、社会的に問題があることを指摘してきましたが、実は言語学的にも日
本手話と日本語対応手話という考え方は、問題があると私は考えています。

  まず、日本手話の独自性についての疑問です。

  1つめの理由。
  日本手話の独自性を主張する言語学者は「日本手話は独自の体系を持つ」と
言います。では、その独自の体系を見せてください、と言っても、まだ部分的
にしかわかっていませんので、見せてもらうことはできません。
  日本語は不完全ながらも4大国文法などでほとんどの日本語を文法によって
解説することができます。例えば「私は看護婦として病院で働いています。」
という文章は
       (((私)は)((看護婦)として((病院)で(((働い)て)います))))
というように構文として解析し、それぞれ名詞や助詞といった品詞を付与して
表現することが出来ます。逆に構文を組み立て、それに具体的な文章にするこ
ともできます。(「看護婦」->名詞->「医師」と置換しても意味の通る文にな
りますよね。)

  確かに日本語に比べて、日本手話の研究は日が浅く、網羅的には無理かもし
れません。それにしてもいまだに解説できるのは話法程度。時制が解説できず
さらに文法から手話文を組み立てていくことが出来ない程度にしか判明してい
ないのは、なんとも心許ないものがあります。その程度で独立性を主張できる
のでしょうか? 「1つ示せばOK」と言う方もいましたが、もしかすると違いは1
つだけかもしれません。独自性を主張するなら、早々に体系として手話全体を
明らかにして、日本語と違うことを明確にするのが言語学者の役割だと思うの
です。現時点で「手話は独立した言語」と主張するには、少し証拠が少なすぎ
ると思います。

  2つ目の理由。
  1つ目と関連していますが、文法が独自だという割には、その数少ない証拠
も、信頼性はいまいちです。「はじめての手話」には日本手話の語順は基本的
に日本語と同じSOVである(pp.25)、と記述されています。現在の日本手話の研
究が文法に偏っているところから考えると日本手話は日本語と基本が同じであ
ると言っているよう見えます。独自という割に、語順は日本語と同じというな
んともおかしな主張です。
  疑問詞では語順がひっくり返るということは「はじめての手話」でも報告さ
れています(pp.27)。でも、こういう明確な証拠は珍しく、その他の例は翻訳
の問題とか、例が悪すぎるとか、別の解釈もありそうとかいちゃもんがつけら
れそうなものが多いのです。

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  ここまでが日本手話の独自性に関する疑問です。日本手話は日本語とは違う
と言いながら、上記の理由で、その独自性が学問的に明らかになっているかと
いうと私にはちょっと疑問です。直感的に違うと思うことと、言語学上違いを
明らかにすることは違います。研究者の方々のさらなる努力を期待します。

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  さぁ、今回で、私はとうとう日本手話支持派を全部敵に回してしまいました
ね。ここまで来たら、とりあえず行くところまで行くのみです。わかりにくい
かもしれませんけど、私の真意は是々非々、日本手話と日本語対応手話の考え
方には、いいものもある、悪いものもあると言うことなんです。

  来週はいよいよ最終回。今度こそ締めくくります。乞うご期待。

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