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    メールマガジン 「語ろうか、手話について」

No. 14                                              2000年10月 4日発行
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  オリンピックも終わりました。オリンピックの次はパラリンピックがあるは
ずなのですが、あまり報道されないようで、どんな競技があるのか、私には全
然わかりません。もっとも、聾者はオリンピックの方に出ていたりするんです
が。

  今回のヘッダは、東京のおじゃるまる子さんの提供です。

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  ここ3年ぐらい「手話は言語だ」という主張が声高に叫ばれて、それなりに
社会的認知がなされたように思います。日本語や英語のような音声言語に比べ
るとまだまだというのが実感ですが、私が手話を勉強し始めた10年前と比べた
ら隔世の感があります。

  ただ、5年ぐらい前から、私は、なんか変だと思うことがあります。手話を
使っている側にも「手話が言語」という意識があるのかどうか、疑問に思うこ
とがあるのです。それは初級手話講習会の内容にあります。最近カリキュラム
の見直しがあって、それはいくらかでも解消されるのかと思ったのですが、そ
んなことはありませんでした。今日は「手話講習会テキストへの不満」です。

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  初級の手話講習会テキストはつい数年前まで都道府県もしくは市ごとに独自
のものが作られていました。それらの大部分は、全日本ろうあ連盟発行の手話
テキストを元ネタにしていたようです。私の手元に「新中級手話教室」がある
のですが、なんか変だなぁと思います。載っているべき事が載っていないのと
載っていなくていいことが載っているのです。

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  皆さん、英語は勉強したことがあるでしょう。手話の講習会は学校での英語
の勉強よりは、英会話教室に近い形態が多いと思います。そのような会話主体
の英語教室では、定型文(May I 〜とか、I'd like to 〜のような)を繰り返し
練習します。手話講習会でも最初は挨拶や質問文をやりますね。問題はその後
です。手話の場合、延々と会話練習が続きます。家族を説明するとか、自己紹
介とか。一方の英語の方は、文法が入ってきます。過去現在未来形、間接直接
話法、形容詞の使い方など。中高生英語ならば、文法ばっかりです。

  なんで、手話はいつまでも会話練習をして、過去形一つ満足に教えないので
しょうか? 「過去形」という章が設けている講習会テキストを見たことがあり
ません。言葉を勉強するのなら、過去形未来形表現なんて基本でしょう。なぜ
ないのでしょうか?

  もっともこれは、仕方がないとも思います。それは「まだ、手話がよくわか
らない」からです。過去形なんて、誰にもわからんのです。例えば「歩く」と
いう手話で、「歩いた」「歩く」「歩こう」をどうやって表現するか? 聾者に
よってできる人もいるし、できない人もいるし、たとえできても簡潔だったり
まだるっこかったり、別の単語との係り受けで済ませてしまったりします。こ
れは現在広まっている共通手話がそれだけの能力を持っていないこと、そして
できる人の手話を文法として確立し広めていないことの証拠です。

  無いのは、文法だけではありません。語彙も不足しています。それを補うた
めに、私に言わせれば、とんでもない方法が手話講習会では取り入れられてい
ます。それは、考えさせる訓練です。
  言葉を習うということは、わからないから習うわけですが、手話講習会では
未知の単語について「皆さん、どうやって表現するか、イメージしてやってみ
て下さい」なんてのがあります。(このイメージって訳も変ですよねぇ。指文
字の「い」を使うからこうなってしまうのでしょうけど、日本語には「想像」
という単語があるのですが。)確かにそういう訓練を重ねることで、造語能力
が身につくという利点もあると思うのですが、あまりに基本的な単語はとっと
と教えるべきではないでしょうか。

  そもそも、正直に、今の手話は語彙が不足している、文法もわかっていない
と言うべきだと思うのです。今まで、聾運動をやっていく上で「手話は言語で
ある。手真似とは違う」と主張してきましたが、そろそろ現状に見合った評価
をしていくべきです。語彙が不足していること、文法がわかっていないことが
恥ずかしいことでもありますまい。確かに、それらの点では、日本語や英語と
比べて劣っているのでしょうけど、それは今だけの話。今後、どんどん進化し
て、10年もすれば、語彙も文法も遜色ないまでになると思います。そういった
事情を素直に学習者に与えれば、学習する方も理解しやすいのではないかと、
少なくともまだ勉強中の私はそう思うのです。

  強引に手話を完全な言語として主張してきたためか、ある種の誤解をする人
もいます。私が気になるのは、ある手話を見て「手話でしかできない表現」と
言うことです。それは日本語の力が不足しているからであり、本当の原因は翻
訳能力が不足にあります。
  この地球上のどんな言語も、地球上のあらゆる物体、あらゆる現象を表現で
きるはずです。なぜなら、言葉を操る全ての人間は、最終的に脳のシナプスの
電気信号としてあらゆる物体や現象を理解するのですから。手段である言葉が
違うことで、多少影響があるとはいえ、本質が変化するとは思えません。例え
ば、おいしいチャーハンは箸で食べてもスプーンで食べてもおいしいし、まず
ければ箸で食べてもスプーンで食べてもまずいものです。

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  テキストに必要な載っていないことがある一方で「食べながら歩く」のよう
な同時表現は必ず載っています。はっきりいって、同時表現なんてどうでもい
いことです。知らなくても全然困らない。そもそも2つしかできないのですか
ら、手話の特性としても中途半端です。「食べながら歩いているときにおなら
をする」は表現できません。

  つまり、今のテキストには、わかっている範囲での手話が載っているにすぎ
ません。他の言葉ではどうしているか、手話としてこの世の現象を表現するに
はいかにすればいいかという視線がおざなりです。こういうことを補完してい
くのは、言語学者の役割だと思うのですが、近年の手話学会の予稿集を見ても
時制を扱った論文はほとんどありません。私は指さしや詩的表現なんかより、
過去形が知りたいのですが。

  初期の段階ではわかる範囲で教えていくのは仕方がなかったと思います。し
かし、手話通訳士という資格ができて、手話が言語であると主張しているのな
ら、もうちょっと他の言語並に文法を網羅的に明らかにして、それを手話の学
習に取り入れる時期にあるのではないでしょうか。

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  さて、私が余分だと思うことをもう一つあげます。それは表情の強調しすぎ
です。手話に表情は必要と言います。本当に?

  嬉しい時に喜んだ顔を、悲しい時に悲しげな顔をするのは人間として当たり
前の行為です。言葉が情報伝達の手段だとすれば、そのような表現は、単なる
重複で、情報量も増えていません。せいぜい、強調している程度の意味です。
言語としての特徴なのか、それとも人間が生来持っている表現なのか、明確に
分離して考える必要があると私は考えます。

  明らかに表情が情報を持つときがあります。とぼける時や嘘を言う時です。
人差し指を左右に揺らす「何?」という手話を無表情で言うのと、ほっぺたを
膨らませて言うのでは意味が違います。前者は「何?」という問いかけですが
後者は「そんなことは知らないよーん」と、とぼけている表現です。しかし、
だからといって、ほっぺたを膨らませるのがいつも手話だというわけではあり
ません。ほっぺたを膨らませるだけでは、どういう意味かつかみかねますし
(とぼけているのか、怒っているのか、リスの物真似なのか不明)、とぼけるだ
けなら視線を漂わせることでも代用可能です。つまり、表情は補助的な役割し
かしていません。ことさら強調するほどでもないと思います。

  手話を研究している言語学者には、うなづきや視線、口形、眉、はてはまば
たきまでもが手話として機能していると主張している人がいます。私は、これ
はかなり行き過ぎだと思います。動作を主体に見るのではなく、意味を主体に
見るべきです。視線にしても、意味がある場合とない場合があるはずです。ま
してや、まばたきなんかは、不随意運動です。そんなものが言語情報であるは
ずがありません。

  私は、手話における表情は、音声言語で言う語調なのではないかと考えてい
ます。なくてもいいけど、あればより上手く伝わるもの。音声言語なら、落ち
着いた声とか、怒声とかありますが、手話での表情はそういう形容的な意味を
担っているものとみなした方が適切ではないかと考えるのです。それは文法や
語彙とは切り離すべきなのではないでしょうか。つまり、教えるのは、上級レ
ベルになってからの方がいいんじゃないでしょうか。

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  次回は、情提の2回目です。最近ネタに苦しんでいるので、私の経験談を5回
区切りに変更しました。では、また来週。

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